海喜館(五反田)の歴史を調査!大正時代の華やかな宿泊宿とは?住所はどこ?

海喜館

積水ハウスが地面師という詐欺集団の被害にあってしまった事件をご存知でしょうか。日本を代表するような一流企業が数十億円という多額のお金をだまし取られてしまったんです。

アガサクリスティか松本清張かって感じのミステリーな話なんですが、事件に登場する東京五反田にある旅館・海喜館(うみきかん)に世間の関心が集まっているようなんです。

管理人自身もどんな民宿なんだろう?今現在も宿泊できるんだろうか?住所はどこなんだろう?と気になってしまいました。そんな気になることをまとめましたよ。

 

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海喜館(うみきかん・五反田)の歴史を調査!

東京都品川区五反田にある海喜館(うみきかん)は、大正10年に認可された民宿だそうです。東京都環境衛生協会には、『海老沢 佐妃子』さんのお名前で『品川区西五反田2-22-6』の住所に会員登録されています。

http://www.tokyo-kankyo.or.jp/?cat=82&paged=4

旅館・海喜館の持ち主(所有者)は、三代目の女将・海老澤佐妃子さんになっているそう。ですが、持ち主である海老沢佐妃子さんは、すでにお亡くなりになっています。

海喜館は、現在、親族の方が所有していらっしゃるようです。海喜館が指定地認可を受けたのは、大正10年だったそう。戦前の華やかな五反田の芸者宿として栄えたようです。

海喜館の五反田の住所となっている土地を購入したと思った積水ハウス側が、取り壊し業者を手配し、取り壊しを始めようとしたときに、現在の持ち主である海老沢佐妃子さんのご親族関係の弁護士の方が、工事をとめたとの情報もあります。

そして積水ハウスへと内容証明の書類を送ったのも、本物の持ち主側の方だったとか。なぜ積水ハウスは騙されてしまったんでしょうか。とっても不思議です。

ネット上でも、様々な声がつぶやかれています。

 

海喜館(うみきかん)の大正時代の華やかな宿泊宿とは?

東京都品川区西五反田ある海喜館は、戦前の古き良き日本の時代に栄えた民宿だそうです。現在も残る民宿の作りに、大人の色っぽい宿の雰囲気が漂う気がするのは私だけでしょうか。

外からも分かるような部屋名と『定員二名』というところ。何やら色っぽい感じがしますね~。

戦前の日本で民宿として栄えていた海喜館。この石畳を身なりの整った旦那衆と綺麗な着物に身を包んだ芸者さんが歩いたのでしょうか。

海喜館

タイムスリップしてどんな時代だったのか、見てみたいものです。

ドラマ化してほしいなんて、つぶやきも見かけられました。確かにドラマで、大正時代から昭和、そして昭和の最後の年での事件まで再現してほしいなんて思ってしまいます。

海喜館の『喜』の字が『㐂』になっています。歴史を感じますね~。

 

海喜館(うみきかん)の住所はどこ?

民宿・海喜館は、東京都品川区の五反田駅から徒歩3分ほどの一等地に立地しています。生まれも育ちの五反田の住民の方でもいつ営業していて、いつから営業しなくなったのかが記憶がないほど、ひっそりとたたずんでいるようです。

 

【まとめ】海喜館(五反田)の歴史を調査!大正時代の華やかな宿泊宿とは?住所はどこ?

『海喜館(五反田)の歴史を調査!大正時代の華やかな宿泊宿とは?住所はどこ?』としてまとめてきました。

戦前の古き良き日本の時代に、羽振りのいい旦那衆が楽しんだであろう海喜館。綺麗な芸者さん達がいるお店も軒を連ねていたようです。羽振りのいい旦那衆と色っぽいお姉さんたちも宿泊していたのかもしれませんね。

現在の所有者へと持ち主が買ったのは 、昭和50年相続によるもののようです。持ち主の方はお亡くなりになっていますが、親族のかたが今も守り続けている海喜館。

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古き良き建物なので、残してほしい、宿泊してみたい、というファンも大勢いるようです。マンション建設もいいかもしれませんが、何か別の方法で海喜館を残せるような方法と考えてくれる人が現れるといいと思います。

最後までお読みいただきまして、誠にありがとうございました。

 

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